不十分な神戸市によるアスベスト飛散の把握

中地 重晴


Home Page ! Back ! Next !

【項目】

神戸市の調査結果から
把握できなかった吹き付けアスベスト
対応鈍い労働基準局
役に立たなかった面的測定
住民の健康への影響の可能性


神戸市の調査結果から

 さる11月9日アメリカからジャーナリストのポールブローダーさんを迎えて、被災地のアスベスト対策を考える講演会を神戸で行ないました。ブローダーさんは60年代からアメリカのアスベスト労働者の健康障害を取材し、被害の実態を明らかにする著作活動を行なってきた方です。今回は電磁波問題に取り組む高圧線全国ネットワークの招きで来日されたのですが、ブローダーさん自らの希望でアスベスト問題について東京と神戸で話していただきました。
 その講演会にあわせて、神戸市のこの間の対策及びアスベスト調査について、環境局環境保全部指導課大気係の森田係長から報告していただきました。
 まず、どの程度吹き付けアスベストの除去工事が行なわれたかですが、今回解体された建物は個人所有の場合は、災害廃棄物として国が公費負担するため、解体契約は建物の持ち主、解体業者、神戸市の3者契約の形をとります。そのため、比較的把握しやすいのですが、神戸市では9月末現在で57件のアスベスト除去工事が行なわれたそうです(表1)。その4分の1の15件が適切な工事を行なわなかったと神戸市も認めています。

表1 アスベスト除去工事の実施状況(平成7年9月末現在)
分 類 件数
事前調査によりアスベストの使用を確認し、市と協議のうえ解体体前にアスベスト除去を実施 42
工事着手後にアスベストの使用が発見され、一時工事を中止し、市との協議を行いアスベストを除去
アスベストが使用されているにもかかわず、市工事着手し、適切な対策を実施しなかったもの 市の指導により工事を中止し、それ以降については、市との協議によりアスベスト除去を実施したもの
市の指導により工事を中止したが、ほぼ解体が終了しており、市の指導によりアスベスト廃棄物の処分のみ実施したもの
市が発見した段階で既に解体・撤去が終了していたもの

 吹き付けアスベストの確認が難しいことの裏返しではないかと考えます。アスベストが吹き付け材として使用されたのは60年代から80年頃までであり、設計図面や工事の使用書が保存されていない建物も多く、今回の地震で紛失した場合もあり、平時にきちんと確認しておく必要があると思います。今回の地震の教訓として、各自治体が率先して、民間施設の吹き付けアスベストの使用実態を早急に確認する作業が必要だと考えます。当然、次の段階では除去工事を行なうことになりますが、こちらは費用もかかりますので、助成制度などを設けて平時から除去工事が行なわれるような施策が必要だと考えます。

To Index !


把握できなかった吹き付けアスベスト

 今回の大地震で倒壊したビルにどれだけ吹き付けアスベストが使用されていたのかは結局わからずじまいに終わってしまいそうです。

 神戸市が7月18日に発表した資料によると環境庁の指示で、石綿工業会の関係者の協力を得て、3月に倒壊したビルの吹き付けアスベストの存在調査を実施しました。結果は表2のとおりです。この時点では、吹き付けアスベストが確認されたり、存在の可能性の高い建物は全体の約3%、40件でした。

表2 倒壊ビルにおける吹き付けアスベスト使用実態3月調査
(神戸市調査)
区分 棟数 アスベスト使用可能
アスベストが確認された建築物 25 確実
吹き付けが確認された昭和50年以前の建築物 15 可能性大
吹き付けが不明の昭和50年以前の鉄骨造の建築物 104 可能性中
吹き付けが不明の昭和50年以前の鉄骨造以外の建築物 335 可能性小
その他 745 可能性無しとは言えない
合 計 1,224 ---

 60年代から75年に吹き付けアスベストが原則禁止されるまでの間、かなりの建物に吹き付けアスベストが施工されていること。また、実際は80年までに建てられた建物にも使用されていたという経験から被災地域の吹き付けアスベストはもっと多いはずであると筆者らは指摘してきました。可能性が中くらいだとされた建物の中にも解体作業が進む中で、吹き付けアスベストが露出し、被災地アスネットの指摘や、業者の判断で解体作業を中断し、アスベストの除去作業を行なった建物も多くありました。
 神戸市が7月初めに再度吹き付けアスベストの存在を調査しました。その時点でアスベストの存在が確認された建物は約70件だと説明を受けました。表3のとおり、7月時点で未解体の建物に吹き付け材が確認された物は50件です。さらに解体作業が進み、進捗率が90%を越えた11月末に3回目の調査を神戸市が実施しています。表1にある神戸市の把握している数字との差は改修工事の場合は、届け出義務がなく、業者の判断で除去するかどうかが決定されるからです。

表3 倒壊ビルにおける吹き付けアスベスト使用実態6月調査
(神戸市調査:6.29〜7.7)
区分 東灘 中央 兵庫 長田 須磨 合計
未解体 14 27 100 20 28 11 200
その他 ※1 19 20 63 38 12 25 177
吹き付け有り※2 25 50
吹き付け無し 14 13 24 32 24 111
不明 10 38 125 32 10 216
合計 33 47 163 58 40 36 377
※1 その他 解体撤去中、解体準備中、補修工事中等
※2 吹き付け有り 何らかの吹き付けが確認されたもの(現在検査中)

 被災地アスネットの監視活動の中で、吹き付けアスベストの存在が確認された建物の中には、改修して再度使用された建物の中には、吹き付けアスベストであることがわかっていても、除去せず、飛散しやすい状態のまま、改修工事が行なわれた建物もいくつかありました。
 今回の大地震で結局いくつの建物に吹き付けアスベストが存在していたのかはわからずじまいのままです。

To Index !


対応鈍い労働基準局

 神戸市よりもアスベストに対する対応が鈍いのは兵庫労働基準局です。解体作業で最もアスベスト粉塵に曝露されているのが、解体作業者です。その労働者を指導監督すべき労働行政のお粗末さには驚いています。
 今年の4月に労働安全衛生規則が改正され、アスベストに関する規制が厳しくなりました。発がん性の高いクロシドライトとアモサイトの製造、使用が禁止されたり、アスベスト含有製品の表示義務が5%から1%以上に引き下げられました。また、6月1日以後のアスベスト除去工事は工事計画の事前届出が義務づけられました。
 兵庫労働基準局が把握しているアスベスト除去工事の件数は表4のとおりです。神戸市が把握できない2者契約の解体工事も労働基準局は押さえられるはずですから、数字が多くなってもよいはずですが、残念ながらそうでもありません。

表4 吹き付けアスベスト除去工事の届出状況
(兵庫労基局 10月10日現在)
西宮市 芦屋市 神戸市 合計
東灘 中央 兵庫 長田
6 5 6 6 19 3 4 2 40

 また、解体現場の吹き付けアスベストの有無の確認や、きちんとした除去工事が実施されるように兵庫労働基準局には再三にわたり、被災地アスネットのボランティアを労災防止指導員やそれに準ずる形で活用してほしいと要請してきました。基準局の課長自らアスベストに関する知識を有する指導員はいないと認めながらも、私たちの要請については全く取り上げられませんでした。
 繰り返しになりますが、環境庁が2月から毎月実施している環境中のアスベスト濃度が高い原因は、吹き付けアスベストをきちんと除去せず解体する無謀な工事のためか、あるいはアスベスト含有建材からのアスベスト飛散によるものとしか考えられない以上きちんとした解体工事を行なうように指導、監督を徹底しなければならないはずですが、そういうことを自覚しない労働行政では労働者の健康は守られないと感じています。

To Index !


役に立たなかった面的測定

 5月末に神戸市がアスベスト対策として市民から最も問い合わせの多かった環境中のアスベスト濃度について市内40ヶ所で測定を実施することを決めました。5月末から8月にかけて、サンプリングを実施し、光学顕微鏡で計数しました。その結果が今回初めて発表されました(表5)。38ヶ所の測定データしか公表されませんでした。対照地区として西区や北区の六甲山の裏側で測定したところ、高濃度の結果(2.7本/l)になり、再計数、クロスチェックに手間取り、発表が当初のお盆の頃から11月にずれ込んでしまいました。被災地アスネットへの問い合わせでもアスベストの環境濃度はいちばん関心が高かったわけですが、測定結果が必要だった解体作業が最も行なわれていたときに間に合わず、喉元過ぎてからの発表になりました。当初は神戸市の面的測定の実施については評価していたのですが、結果の公表が遅れたことについては怠慢だといわざるをえません。

表5 神戸市による面的測定結果(単位:本/l)
東灘区 灘区 中央区 兵庫区
本山第2小 2.3 六甲小 1.0 二宮小 0.7 夢野小 1.7
本庄小 0.9 成徳小 0.9 吾妻小 1.1 荒田小 1.3
住吉小 1.0 西郷小 0.3 北野小 1.9 明親小 1.7
東灘小 1.7 灘小 0.6 湊川多聞小 1.8 和田岬小 0.6
本山第1小 1.5 摩耶小 0.7 春日野小 2.1 大開小 0.6
御影中 1.6 稗田小 1.2 山手小 0.7 水木小 1.7
福池小 0.6 --- --- --- --- --- ---
幾何平均 1.3 幾何平均 0.7 幾何平均 1.3 幾何平均 1.1
長田区 須磨区 その他 全市平均
蓮池小 2.3 大黒小 1.0 西落合小 0.4 1.0
御蔵小 2.0 西須磨小 0.6 高丸小 0.4
真野小 1.2 若宮小 1.0 ---
二葉小 0.3 千歳小 0.8
室内小 1.1 --- ---
神楽小 0.7
幾何平均 1.0 幾何平均 0.8

 神戸市の説明ではサンプリングした月ごとに幾何平均をだすと平均値が下がっているとされています(表6)。しかし、環境庁が2月から実施している定点観測の神戸市7地区の幾何平均値(表7)と比較すると、若干高めで推移しています。今回のデータから読み取れることは被災地域全域でアスベスト濃度は高かった。解体作業の周辺では特に高いということだろうと思われます。

表6 測定月別平均値 (単位:本/l)
  5月 6月 7月 8月
データ数 14 12 11
平均値 2.3 1.3 0.9 0.7

表7 環境庁モニタリング調査結果(単位:本/l)
測定場所\測定月 2月 3月 4月 5月 6月 7月
一般環境 東灘監視局 1.2 1.2 1.1 0.6 0.3 0.7
灘保健所 1.4 2.0 1.4 0.7 0.7 0.7
中央区役所 4.9 2.1 2.0 0.9 1.1 0.9
環境保健研究所 0.6 1.2 0.7 0.6 1.7 0.6
兵庫区役所 1.7 0.6 0.9 1.2 1.2 0.7
長田監視局 1.5 0.8 1.5 0.8 1.6 0.3
須磨監視局 0.2 0.7 0.7 1.0 1.1 0.8
幾何平均値 1.1 1.1 1.1 0.8 1.0 0.6
解体現場 測定現場数
最大値 7.7 9.5 19.9 9.6 9.9
最小値 0.8 0.9 0.9 0.9 0.9
幾何平均値 3.3 4.5 6.7 4.4 3.1

 すでに解体作業は約90%が終了しています。最近では横ばいから若干減少しているようですが、全国平均などと比較すれば、まだまだ高いレベルであることは確実です。環境中のアスベスト濃度が高い原因についてですが、表1のように確かにずさんなアスベスト除去工事は多いですが、それだけによるものとは考えられません。アスベスト含有建材からの飛散が大きいのではないかと筆者は考えます。日本では現在でも年間約20万トンのアスベストを輸入し、その約9割が建材に使用されています。欧米では規制が厳しくなり、アスベストが使用されなくなっているのと比べて、日本では未だに使用されていることはアスベスト被害を拡大するだけだと、ブローダーさんも指摘されていました。
 以前からアスベスト含有建材の切断時に高濃度にアスベストが飛散することは報告され、大工や建築関係者の悪性中皮腫や肺がんを労災認定されています。重機による解体作業では内装材ごと粉々に破砕するため、アスベストの飛散は相当あると考えられます。環境庁などの調査でも吹き付けアスベストが確認されていない解体現場でも高濃度のアスベストが測定されています。
 これらのことから、今回の地震の教訓としてアスベスト含有建材の使用を早急に制限するべきだと考えます。今、被災地では解体した跡地に家を建て始めていますが、屋根瓦にはアスベスト含有のスレート瓦が敷かれています。重い和瓦が嫌われ。スレートの洋瓦が主流になっていますが、建築中の切断作業などで環境中にアスベストが飛散することは確実です。地震の3次災害とでも呼ぶべきアスベスト汚染を防ぐために、建材のノンアス化を急ぐべきだと考えます。

To Index !


住民の健康への影響の可能性

 すでに何度も報告していますが、2月にアスベストの環境中濃度を測定して以降、マスコミにも大きく取り上げられたこともあり、市民の方からの問い合わせが数多くありました。最も多かったのがいま住んでいるところの環境中のアスベスト濃度を知りたいのと、子供への健康影響についてでした。市民の方からすれば、アスベストが発がん物質であることは知識として持っているが、行政が情報を公開しないために、判断できないという悩みを話される方が多かったです。  アスベストと肺がん、悪性中皮腫の発がんリスクをアセスメントした例は労働者を対象とした調査をもとにしており、低濃度曝露の場合の評価をしたケースは非常に少ないようです。奈良医大の車谷さんたちの報告によれば、アメリカ合衆国で86年AHERA(アスベスト緊急対策法)が制定され、学校施設の吹き付けアスベスト除去が義務づけられた際に議論された内容がまとめられています。
 米国のいくつかの代表的な研究機関が算出した発がんリスクのアセスメントの内容を紹介します。学校施設の吹き付けアスベスト曝露による肺がん、悪性中皮腫の推定生涯死亡率は10歳の子供が学校で1本/lのアスベスト濃度に5年間(1日7時間35週、年間175日登校したとして)曝露したと仮定して計算されています。その時の評価は10万人に対して0.6〜1.3人でした(表8)。

表8 学校の吹き付けアスベスト曝露に起因する悪性中皮腫の推定生涯死亡率
(対100万人)
報告機関 肺がん 悪性中皮腫 合計
EPA (1986年) 1.5 5.8 7.3
CPSC(1983年) 0.93 5.3 6.2
NRC (1984年) 2.7 10.0 12.7
ORC(1984年) 2.5 8.0 12.5
NSE (1983年) 2.4 <1.0 <3.4

 被災地のアスベスト濃度がほとんど1本/lで解体作業はおそらくもう1年は続くといわれており、24時間曝露と仮定すれば、2年間で前述の学校でのアスベスト曝露量と同じか、それを越えるのは確実です。さらに解体現場周辺では相当濃度が高いといえます。
 また、この数年の間に、水道水質基準や環境基準が改定されましたが発がん物質の規制を行なう際の基本的な考え方は、生涯死亡リスクを10万人に対して1人とし、1日の許容摂取量などから規制値を制定するようになっています。このような考え方を踏まえれば、今回の被災地のアスベスト飛散状況ではなんらかの規制値を設けたり、強制力のある対策を講じてしかるべき濃度ではないかと考えます。現在の環境庁や神戸市の行なっている対策だけでよいとはいえません。
 解体現場でのアスベストの飛散がひどいことからすれば、最も健康に悪影響の恐れがあるのは解体作業に従事する労働者です。彼らへの教育や防塵対策の指導がどこまで徹底されているかを、この間兵庫労働基準局の担当者と何度か話合いましたが、有効な指導等を行なっているとは感じられませんでした。実際の解体作業現場を見て回ったかぎりでは防塵マスクをつけている作業員は少なく非常に問題が多いと考えています。

To Index !


(C) Jul.1995, Shigeharu Nakachi

Mail本記事に関するE-mailでのご質問・ご意見は、 asbestos@mxb.mesh.ne.jpにお寄せください。